コルンゴルト / ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 作品35

いまも昔も、時代の荒波の中で、祖国を去らざるを得ない人たちがたくさんいる。ウィーンの後期ロマン派の音楽とともに育ちながら、アメリカへの亡命を余儀なくされ、ハリウッドの「映画音楽の祖」と称されるコルンゴルトも、その一人だ。

1897年5月29日、オーストリア=ハンガリー帝国のブリュン(現在のチェコ共和国第2の都市ブルノBrno)で、有名な音楽評論家の父、ユリウス・コルンゴルト(Julius Korngold 1860-1945)の次男として生まれ、父の仕事で4歳からウィーンに移り住んだ。5歳から数々のオリジナル作品を作曲。グスタフ・マーラー(Gustav Mahler 1860-1911)やリヒャルト・シュトラウス(Richard Strauss 1864-1949)らから高い評価を受け、父がモーツァルト(W.A.Mozart 1756-1791)にあやかって名付けたヴォルフガング(Wolfgang)の名の通り、「モーツァルトの再来」「神童」として全欧にその評判は広がった。時代は社会情勢の混乱期、享楽的な「ウィーンの世紀末文化」が広がっていく中で、前衛音楽や無調音楽を嫌う父の影響を強く受け、後期ロマン派の色濃いバレエ音楽、ピアノソナタ、管弦楽曲、代表作となる『死の都(Die tote Stadt)』などのオペラ音楽を作曲し続けた。

ただ、父の子としての周囲の視線や、父の厳しい音楽評、そして婚約などでの対立など、父親との関係もあまり良好ではなくなった1934年、ユダヤ系の演出家マックス・ラインハルト(Max Reinhardt 1873-1943)に誘われ、アメリカでも仕事を始める。彼の依頼で喜歌劇『こうもり』をミュージカル仕立てにし、ブロードウェイで大ヒット。映画『夏の夜の夢(A Midsummer Night’s Dream)』(1935)のメンデルスゾーン(Felix Mendelssohn 1809-1847)の音楽を編曲・指揮し、話題になった。それでも、ウィーンに戻りオペラの作曲を続けていたが、ナチス・ドイツの台頭に伴い、ユダヤ系であった彼の作品の公演は禁じられ、1937年家族とともにアメリカへの亡命を余儀なくされた。映画音楽では、『風雲児アドヴァース(Anthony Adverse)』(1936)、『ロビンフッドの冒険(The Adventures of Robin Hood)』(1938)で2度もアカデミー賞作曲賞を受賞。ワーナーと専属契約を結び、後の『スターウォーズ(Star Wars)』シリーズの音楽にも影響を与えるなど、いまのハリウッド音楽の礎となる活躍を成した。しかし、彼のウィーンへの思いは消えなかった。第二次世界大戦の終焉で、封印していたクラシック音楽の作曲を再開、1945年秋、父の亡くなった年に書いたのが、この「ヴァイオリン協奏曲」だった。ベートーヴェン(Ludwig Van Beethoven 1770-1827)やチャイコフスキー(Pyotr Ilyich Tchaikovsky 1840-1893)のヴァイオリン協奏曲と同じニ長調で、作品番号35はチャイコフスキーと同じであるのは、偶然だろうか。初演で大成功した著名なヴァイオリニスト、ヤッシャ・ハイフェッツ(Jascha Heifetz 1901-1987)が、コルンゴルトの没後も好んで演奏を繰り返したことにより、世に知られるようになった。この曲を書いた後、コルンゴルトは再びウィーンに戻ったが、「時代錯誤な音楽」などと酷評され、アメリカへ戻って60歳でハリウッドの墓に眠った。

映画音楽の主題を盛り込んだこの「ヴァイオリン協奏曲」は、時代に翻弄された彼の心の叫びであるとともに、二つの世界を融合した音楽といえよう。時間があれば、盛り込まれている映画をみつつ、彼に思いをはせてはいかがだろう。

第1楽章 Moderato nobile

『砂漠の朝(Another Down)』(1937)のテーマ(第1主題群)を原型に、中間部からは『革命児フアレス(Juarez)』(1939)の「カルロッタの主題」(第2主題群)が登場する。冒頭の4度と5度による上行音型は曲全体で用いられ、曲調を決定づける重要な主題である。その後、属調であるイ長調で第2主題が奏でられ、チェロとホルンによる展開部を経て再現部に到達する

第2楽章 Andante

独奏ヴァイオリンの主題は『風雲児アドヴァース(Anthony Adverse)』(1936)より。Poco meno の中間部では独奏ヴァイオリンが無調的な楽句を奏で、伴奏と乖離する。その後、元の主題と調に戻り、静かに終わる。

第3楽章 Allegro assai vivace

主題は『放浪の王子(The Prince and The Pauper)』(1937)からとられており、独奏ヴァイオリンによって変奏・反復される。その後、オリジナルの主題が重音奏法により演奏されるとともに、固有の楽想が提示される。展開部では主題がニ長調で現れたあとホ長調で変奏され、展開部前で提示された楽想が独奏ヴァイオリンにより再現される。展開部が終わると、ロンド主題がニ長調で演奏される。最後にホルンが王子の主題の原型で割り込み、劇的に幕を締める。

≪参考文献≫

『コルンゴルトとその時代 現代に翻弄された天才作曲家』早崎隆志 みすず書房

『KORNGOLD Violin Concerto In D-Major Op.35』(Zen-On Score)

『Erich Wolfgang Korngold Society』

ほか