石井眞木 / 日本太鼓とオーケストラのための「モノプリズム」 作品29

日本における太鼓の歴史は古く、人々が狩猟生活を営んでいた時代、縄文時代まで遡る。皮を張って太鼓として使用されていたのではないかと推定される土器や、太鼓を打つ人物を模った埴輪も国内各地で出土している。情報伝達の手段、あるいは祭祀儀礼の道具として和太鼓が使われていたと推測される。日本の元明天皇の治世の712年に完成した、神話を含む日本最古の歴史書「古事記」にも太鼓の描写が複数登場している。

本曲の解説に入る前に、今回登場する和太鼓の種類について説明したい。まず、舞台上手に3つ並んでいるのが中太鼓で、和太鼓の一般的なスタイルだ。そして舞台下手に7つ並んでいる小さな太鼓が「締太鼓」である。鉄輪に張った一枚革を縄で結び締め付けてあり、縄の締付け具合で音をチューニングできるため、用途に合わせて太鼓の音を調整することができる。冴えた音色と歯切れのよい高音が特徴の楽器で、「能」や「歌舞伎」といった伝統芸能で主にベース打つ楽器として使用される。曲のテンポやリズムキープの要であるため、演奏者の技量が試される楽器とも言われている。そして舞台中央にあるのが大太鼓である。基本的には口径が約3尺以上のもので、日本では14世紀初期のものが現存している。各地の神社や寺の象徴として伝統的に引き継がれており、神事や祭りで神聖なものとして活用されている。正面の紋様は「三つ巴」と呼ばれる日本の伝統的なもので、その意味するものには様々な説がある。弓を射るときに使う鞆あるいは「勾玉」という古来の装身具を図案化したものと言われている。一方、水の渦を表すものという解釈もあり、神社や寺の軒瓦などに「火災除け」「魔除け」の意味であしらわれている例も多い。

 

楽器の紹介が一通り済んだところでようやく本曲の解説に入る。本曲は伝統的な和太鼓の新たな可能性に挑戦した非常に画期的な曲だ。作曲者の石井眞木は、22歳のときベルリンに留学し、ボリス・ブラッハー、ヨーゼフ・ルーファーらに師事した。ルーファーは、20世紀を代表する作曲家であるシェーンベルクの弟子で、シェーンベルクが確立した12音技法を石井に徹底的に教え込んだ。12音技法は帰国後の彼の作曲活動に大きな影響を与えたが、この頃彼の創造の新たな源泉を生み出す重要な出会いがもう一つあった。それは雅楽や声明(仏教の経文の期唱)といった日本古来の音の響きである。以後彼は日本的な響き、あるいは日本の伝統楽器を取り入れた作品を多く発表している。

1975年に起稿された本曲「モノプリズム」は、和太鼓とオーケストラによる大編成の作品である。彼は前作「モノクローム」で、和太鼓によるモノクローム(単色)の響きを追求したが、「モノプリズム」はオーケストラのプリズム(多様性)の響きをとり入れたニ元的な音響空間を作り出しているという点でより画期的である。それは東洋由来の太鼓と西洋由来のオーケストラの響きの対比でもあるようだ。

 

以下は、「モノプリズム」に関する石井自身による説明である。

 

~東洋の太鼓伝統には弱音ー囁き、幽けき音たちは存在していなかった。太鼓は祭礼の中心で、強烈な響きと律動で天地をざわめかせ、霊を目覚めさせて来た。 太鼓を極限まで打ちつづける時、太鼓の響きー「人籟(じんらい)」は、自然界の響きー「地籟(ちらい)」へ変換する。最強音の連打に<時>は静止し、新しい響きが生じる。太鼓の<凝固する時>、<堆積する響き>、それをオーケストラ音塊が断ち切ろうとする。<人>の行為による西洋の響きが、風が樹木に触れる響き、火焔が燃え立つ響き、<大自然の鼓動>と一体となる。~

 

冒頭の締太鼓の最弱音の連打に始まるが、これは東洋の太鼓伝統への挑戦を象徴している。祭礼の中心として力強く鳴り響く伝統的な姿とは違う異彩の響きを放つ。太鼓群は、単純なリズムから複雑なリズムへ、あるいはその逆へ移行しながら、らせん状に進行、旋回する。またオーケストラは、この大群の動きに音響的、時間的要素をプリズムのように放射していく。極限まで打ちつづけられる太鼓の響きは、それを断ち切るかのようなオーケストラと対峙しながら、自然界の響きへ変化するのだ。

 

この曲は1976年7月25日、アメリカのタングルウッド音楽祭にて、小澤征爾指揮ボストン交響楽団、今回も共演いただく英哲風雲の会の創設者である林英哲氏をはじめとする鬼太鼓座のメンバーの和太鼓によって初演された。当楽団も1980年代にこの曲に取り組み始めて以来演奏を重ねている。作曲賞の一つである尾高賞を受賞したこの作品は、石井眞木の代表作の一つとなっている。

 

 

≪参考文献≫

石井眞木編(1997年)『西の響き・東の響き 石井眞木の音楽 ~二つの音世界からの創道~』音楽之友社

岸辺成雄編(1983年)『音楽大事典』平凡社

音楽之友社編『新訂標準音楽辞典 第二版』音楽之友社

秋山邦晴(1979年)『日本の作曲家たち』下巻 音楽之友社